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特集

アメリカ・カナダの大学における情報教育環境について

湘南藤沢ITC:山方 崇


はじめに

近年、情報に関わる科学技術は現代社会の基盤として、私たちの豊かで便利な社会を支えている。情報学・情報技術の世界では、その成果が分野・領域を超えて私たちの生活の中に定着し、「情報社会」が現実のものとなってきている。このようなデジタル・ボルテックスの流れの中では、教育研究業界においても例外はなく、大学における教育研究の在り方自体を根本的に変革させうる可能性をはらんでいる。

ITCの業務においても、この20年で機器からサービスへと投資対象が変化してきている。ネットワーク機器や無線LANは既にインフラとなり、それを整備し運用していればよい時代は過去のものとなった。塾内オンプレミスで運用していたサーバ群はクラウドサービスへ移行されつつあり、パソコンはタブレットやスマートフォン等に置き換えられようとしている。

そのような中、中期国外研修として2018年10月17日より約1か月半、海外に滞在する機会を得て、IT環境に携わる者として、「このような急激なデジタル化の流れの中で、IT先進国である米国の各大学がどのような対応をしているのかを見てみたい」という思いから、研修先に北米(米国・カナダ)を選択した。

【米国・西部地区】
 ワシントン大学
 スタンフォード大学
 カリフォルニア大学バークレー校(※)
 カリフォルニア大学ロサンゼルス校
 カリフォルニア工科大学(※)
【米国・中部地区】
 ミシガン大学
【米国・東部地区】
 カーネギーメロン大学(※)
 ハーバード大学(※)
 マサチューセッツ工科大学
【米国・太平洋地区】
 ハワイ大学マノア校
【カナダ・オンタリオ州】
 トロント大学セントジョージキャンパス(※)
(※)最後までアポイントがとれず、キャンパス見学のみ

BYODの現状

「キャンパス内におけるBYOD(Bring Your Own Device)がどれほど浸透しているのか」これが今回の視察の主な目的の一つであった。今回の海外研修に先駆けて、2018年6月に日本国内のいくつかの大学について、BYOD化の取り組みについての視察を行ったが、未だノートPC必携化の域をわずかに出た程度であるように思えた。

米国・カナダではどうか。これについては、概ね予想通り、BYODの土壌は培われているものの、従来のパソコン教室(ほぼ全ての訪問先で“PC Lab”と呼ばれていた)も併用されていた。これは授業で利用されるソフトウエアライセンスの関係上、致し方ないものと思われる。この問題を解決するには、アプリケーションのオンライン化(Webアプリケーション、VDI、RDP)や個人PCを含む包括ライセンス契約等が必要であり、多大なコストや教育体制の抜本的な見直しが必要となる。訪問した中では、スタンフォード大学の一部の学部・研究科ではここまで踏み込んだシステムの開発・構築を行っているようであった。「技術的な制約が教育の妨げになってはならない」という彼らの言葉が心に響いた。

また、ほぼ全ての訪問先において、食堂・カフェテリアや図書館のオープンスペースには電源コンセントと無線LAN、スマートフォン・タブレットの充電ステーションが整備され、学生が個人端末を利用できる環境が整っていた。

最も印象的であったのは、ほぼ全ての訪問先において、学内に個人ノートPCの修理サービス窓口があり、保証期間内あれば無料で修理が受けられることである。しかも購入先は問わないケースが大多数であり、メーカーは限られるものの、即日修理が可能なものまで存在した。これは日本国内の大学では聞いたことがない。

教室・研究環境について

ここでは特に、ミシガン大学の授業録画システムとマサチューセッツ工科大学(MIT)のMedia Labをとり上げたい。

ミシガン大学の授業録画システムは、教室に教員カメラ、学生カメラが設置されており、教員は特別な操作なしに、通常通り自身の端末をプロジェクタに投影して授業を開始する。プロジェクタに投影された資料は、自動追尾撮影される教員の映像と共に自動的に記録され、スライド毎にチャプターマーカーが打刻される。そして、授業が終了すると、概ね10分程度(!)で、撮影された授業の動画が当該授業履修者のみに公開される仕組みだ。学生に聞いたところ、授業を休んでしまった時や試験前には大変有用であるとのこと。

MIT Media Labについては、あまりに有名なため、概要についての説明は割愛させて頂くが、入居しているほぼすべての研究グループは、共同研究を行っている企業によって運営費が賄われているとのこと。出資企業はいつでも自由に研究グループの見学ができ、出資額に応じて企業からの訪問研究員を置ける人数が決まっているとのことであった。それにしても、新しい教員の着任が決まってから、ものの1か月程度で必要な機器やクリーンルームの設置まで完了してしまうという。多数の企業の見学に対応するためか、外部から研究室内がよく見えるように廊下側はガラス張りになっており、研究内容の展示が行われている一方、最先端の研究内容の漏洩に配慮して、研究室がある2階以上は撮影が禁止されていた。かの有名なFoodCamも設置されており、ここに置かれる食材は先述の企業により各グループに提供されたものの剰余物らしい。
また、いくつかの訪問先では、建物や教室出入口脇にスマートボードやタブレット等が設置されており、当該建物の案内や教室の時間割等について掲示されていた。

ほぼ全ての訪問先で、統合印刷システムが導入されており、学生証と連動したポイント制での印刷が可能となっていた。大判印刷については対応が分かれており、大多数はキャンパス内に有料の印刷サービスが開設されていたが、一部無料で印刷できる大判プリンタが設置されている大学もあった。

IT部門・組織について

ワシントン大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ミシガン大学、ハワイ大学マノア校では、IT部門のスタッフと意見交換する機会を得た。

先ず、驚かされたのは、ほぼ全ての訪問先でIT部門のスタッフは専任であり、外部業務委託はほとんど利用していないということだ。ITに携わるスタッフ数はスタンフォード大学では約1300名、ミシガン大学でも400名超(内学生スタッフ約150名)もいるとのこと。一方、日本では専任を減らし、アウトソーシングするケースが多く、コストとクオリティに関する考え方の違いを感じた。しかし、実際のところは、運用コストは大きな問題となっているらしい。

組織形態としては、日本の大学と大きな差異はなく、全学横断的なIT部門と、学部・研究科やキャンパスのIT部門が共存しており、それぞれのリソースを管理しているケースが大多数であった。しかし、大学全体でのガバナンスがきちんと機能しているため、決定から実施までの期間が、日本のそれとは比べ物にならないくらい迅速である。最近、大学全体のサービス向上を目的としてServiceNowを導入するケースが増えてきているようだ(カリフォルニア大学バークレー校、スタンフォード大学等)が、そのような土壌の上でなければ成立しないと思われる。

学生アルバイトについて

各大学とも、大学内における学生アルバイトが非常に多い。これはドミトリー制であることや、

留学生が多い(学生ビザによる就業規制が影響)ためと思われるが、大学ガイドツアー・学食・カフェテリア・売店はもちろんのこと、前述のPC修理窓口、自転車修理、古着販売、印刷サービス、ヘルプデスク窓口、構内無料バス運転手、PC Labの運用までも学生アルバイトが行っていた。

特筆すべきは、ほぼ学生のみで運用していることだ。しかも、その対応は非常にしっかりとしている。

また、大学基幹ITシステムの運用(ハワイ大学)や、システム開発(ミシガン大学)にも学生を積極的に活用していた。

一方、国内の大学では学生アルバイトを縮小・廃止しているところも出てきており、大きく対応が異なる結果となった。

おわりに

残念ながら、義塾の情報教育環境は周回遅れであることが、今回改めてはっきりと認識できた。国際化を進め、海外の大学と肩を並べるには、IT部門の改善だけ、各部門だけのIT化では不十分であり、スピーディーな意思決定にむけた抜本的な組織改革が必要ではないかと感じた。

2018年春に突然、この研修の話が舞い込んだ時には、正直なところ、不安しか感じなかった。しかし、今となって振り返ってみれば、約1か月半の研修は非常に濃密で、かつ、あっという間に過ぎ去ってしまった。1か月半、通常業務から離れ、非日常的な環境に身を置き、異文化に触れることができたことは、自身の人生においても大変貴重な経験となった。

最後に、このようなすばらしい機会を与えて頂いたこと、各大学にご紹介を頂いた教員の皆様、怪しい英語の一日本人にも快く対応してくださった米国各大学スタッフの皆様、留守の間、私の仕事まで引き受けてくださった職場の皆様に深く感謝を申し上げたい。

最終更新日: 2019年10月16日

内容はここまでです。